2009年08月01日

MICHAEL JACKSON

今回は、スージー・クアトロについて書こうと思っていたのだが、
予定を変更して、マイケル・ジャクソンについて書きたいと思う。

マイケルの存在を初めて知ったのは、79年頃だったと思う。
たしかスクーターか何かのCM(まちがってたらスミマセン)で、
はにかんだ笑顔を見せていた。
バックに流れていたのは「Don't stop till you get enough」で、
マイケルのファルセットと16ビートのノリがなんとも耳に心地よく、
思わずドーナツ盤を買いに走ったのを憶えている。

後に手に入れたアルバム「OFF THE WALL」の中では、この曲と、
「WORKIN' DAY AND NIGHT」、「I CAN'T HELP IT」がお気に入りだった。
「OFF THE WALL」は素晴らしいアルバムではあったが、歌詞にせよ、アレンジにせよ、
まだブラック・コンテンポラリーの範疇にあったと思う。

だが「THRILLER」は、誰にもマネのできない、「マイケル・ジャクソン」というジャンルを
確立してしまった。
これはもちろん、プロデューサーであるクインシー・ジョーンズの手腕もあるが、
マイケルとクインシーだからこそ到達することのできた、ポップミュージックにおける、
エンタテインメントの極致といえるだろう。

このアルバムで1番好きな1曲目の「WANNA BE STARTIN' SOMETHIN'」のベースラインに
あっという間に引き込まれたかと思うと、ラストの「THE LADY IN MY LIFE」まで
一気に聴いてしまう。
ポール・マッカートニーとの、ほのぼのとしたデュエット「THE GIRL IS MINE」、
ハードロックと見事に融合した「BEAT IT」、哀愁を帯びた「BILLIE JEAN」、
そして何もいうことのないタイトルナンバー「THRILLER」など、
楽曲だけでも充分過ぎるほど楽しませてくれるというのに、マイケルのあのキレのいいダンス満載の、
もはやショートムービーといっても過言ではないPVは、当時としては画期的だった。

単細胞なため、なんにでも影響を受けやすいので、マイケルのダンスをマネしようと鏡の前でやってみたが、
・・・ため息しか出なかった。

「THRILLER」で空前絶後の成功を掴んだマイケルだが、その後はいろいろと奇行が取り沙汰され、
スキャンダラスなイメージが付きまとうようになってしまった。
だが、聖人君子などこの世にいない。ましてや、マイケルのように子供の頃からショービズの世界に身を置いていると、
普通の子供とは全く違う経験をしていることは想像に難くない。
また、父親との関係もあまりよくなかったようだし、そういった様々な要因が、
マイケルの人格形成に大きな影響を及ぼしていることは否めないだろう。

だが、もし普通の感性しか持っていなかったら、まちがいなく「THRILLER」はこの世に出ていないだろうし、
マイケルだから奇行として騒がれるが、私は普通の人間です、みたいな顔をしていても、
誰だってそういう一面は持っているはずだ。
自分にとっては当たり前なだけで、世間から見れば「それ、ちょっとヘンやで」というようなことが。

プライバシーなどあってないようなスーパースターだから、些細な事でも面白おかしく報道されてしまう。
また悲しいことに、そういうスキャンダラスな記事は売れるようだ。
同じ事柄でも、編集の仕方ひとつで、受け止め方には天と地ほどの開きが出る。
そういうマスコミの情報操作の例は、ゴロゴロしているはずだ。
だから、マスコミというフィルターを通した情報を鵜呑みにして、あーだこーだと言ってみても、
それはあまり意味がないことだと思う。


マイケルの死について、姉のラトーヤは「マイケルは殺された」と言っているらしいし、
いろいろ捜査もされているらしいが、真相は既に闇の中だ。

確かなのは、マイケルが愛と怒りを歌い、その歌声は、主である肉体を失っても我々の魂を揺さぶり続け、
世界中で多くの人々に愛され続けているということだ。


マイケルの早過ぎる死を悼み、謹んでご冥福をお祈りします。

マイケルの娘の父親はM・レスター?



posted by silkyjones at 15:45| Comment(4) | TrackBack(0) | ソロアーティスト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月15日

THE RUNAWAYS/LIVE IN JAPAN

前回、隣のオッサンが時々怒鳴り込んでくると書いたが、1度、誰からかはわからないが、

「お前んとこに爆弾を仕掛けた。」

という電話がかかってきたことがあるそうだ。
よほど腹に据えかねたのだろう。
親は、単なるイタズラだと思ったのか、こちらに非があるのは明らかだったからか、
警察沙汰にはしなかったようだ。

ただ大きな音でステレオを鳴らすだけでもたいがいだが、
あの声が出るわけもないのに、スティーヴンのマネをして(マネにもなっていなかっただろう)、
ニワトリの首を締めたような声でわめいていたのだから、相当な近所迷惑だったことは、想像に難くない。
音楽の才能はそれほどなかったが、妄想の才能はかなりあったようだ。

当時、近隣にお住まいだった皆様、この場を借りてお詫びします。m(_ _)m


さて、今回は、洋楽に目覚めるキッカケとなったバンド、ザ・ランナウェイズの、「Live In Japan」について書いてみたい。

ランナウェイズのデビューは1976年、メンバーの平均年齢は16歳だった。
デビューシングル「CHERRY BOMB」を演るときの、リードヴォーカル、チェリー・カーリー(当時はこう呼ばれていた)の、コルセットにガーターベルトに網タイツという刺激的な衣装(?)が話題となり、「平凡」や「明星」にもよく写真が載っていた。

しかし、スレンダーな体つきだったことと、あまりにも堂々としていたためか、もちろんセクシーではあったが、エロいというより、カッチョええ〜!!と思った。

音のほうはというと、まず聴いたのは1stアルバムからのシングル
「CHERRY BOMB(邦題:チェリー・ボンブ(笑))」と
「SECRETS(邦題:パンクは秘密の合言葉)」、
2ndアルバムから「Neon Angels On The Road To Ruin(邦題:ネオン・エンジェル)」、
ライヴアルバムから「All Right You Guys(邦題:オールナイトでぶっ飛ばせ!)」の4枚。

まず、1stアルバムからカットされたこの2曲、今思えば、やはり演奏はまだまだ未熟だし、
アレンジもスカスカで、もう少し音を作り込んでもよかったような気もするが、
当時のメンバーの年齢、経験を考えれば、あれが精一杯だったのかもしれない。
だが曲そのものはストレートでカッコいいと思った。
しかしなにより、チェリー(敢えてこう書く)のヴォーカルは、10代とは思えないほど
ふてぶてしく貫禄があって、高音部の金属的な、まさに金切り声とはこのことかと思うが、
今まで日本人の歌しか聴いたことのない小学校6年生には、充分衝撃的だった。

この頃のジョーン・ジェットの声は、元々キーが高めで細い声なのを、
無理やり、つぶして歌っている感があり、時々聴きづらいことがあった。
が、後にソロでやり始める頃には、声にも凄みが出てきて、ずいぶんカッコよくなっていた。

2ndからの「Neon Angels On The Road To Ruin」は、同じバンドかと思うほど、
演奏力もアップし、音にも厚みが出た。
アレンジも1stの曲に比べれば凝っていて、なかなか聴きごたえがある。

ライヴアルバムからのカット、「All Right You Guys」も疾走感のあるカッコいい曲で、
このライヴヴァージョンも良かったが、もしスタジオヴァージョンがあれば、
それも聴いてみたかった。
このライヴアルバムがリリースされた後、チェリーと、ベースのジャッキー・フォックスが
脱退してしまったためか、もともとスタジオ盤でリリースする予定がなかったのかはわからないが、
知る限りでは、この曲のスタジオ録音は存在しないようだ。

その後、まず買ったのはライヴアルバムの「Live In Japan」だった。
このアルバムを入手したのとどちらが先かは忘れてしまったが、とにかくその頃、
ランナウェイズの来日特番が放映された。
大阪ではサンテレビだったと思うが、初めて興味を持って見るバンドの動く映像である。
夢中で、それこそ食い入るように見たのだろう、今でも映像の要所要所ははっきりと覚えている。
ちょうど同じ頃に来日していたスージー・クアトロもチョロっと映っていた。
もちろんビデオデッキすら、まだまだ一般的ではなかったので、
DVDで発売でもされない限り、2度と見れないだろうなーと思っていたら、
某有名動画サイトでアップされていて感動した。
音も画像もかなり悪いが、見ることができただけで充分である。

このテレビ特番のテイクと、アルバム「Live In Japan」のテイクは同じようだ。
ただ、テレビでは放映されたのに、アルバムには収められていない曲が何曲かあったように思うが、
残念ながら忘れてしまった(笑)。

オープニングの「Queens Of Noise」は、スタジオ盤とは違って、
チェリーがリードヴォーカルをとっている。

続く「California Paradise」はスタジオ盤よりもずっとノリがいい。

3曲目の「All Right You Guys」はすでにシングル盤で聴き慣れた曲だが、
同じテイクなのに、エンディングの音数がシングル盤と違う気がする。
気のせいか?針がとんでいたのだろうか?

4曲目の「Wild Thing」は唯一、ドラムスのサンディ・ウエストがリードヴォーカルをとる曲だ。
チェリーやジョーンに比べると大人しい感じの声だが、
当時好きだった女の子の声に似ているので(笑)、好きだった。
いろんなアーティストがカヴァーしている曲だが、最初に聴いたのがこのヴァージョンだったので、
これが一番カッコいいと思ってしまう。
(非常に残念で悲しいことに、サンディ・ウェストは2006年10月21日、肺ガンのため、
47歳の若さで亡くなったそうだ。ご冥福をお祈りします。)

5曲目の「Gettin' Hot」は、このライヴテイクでしか聴けない曲だが、
イントロのリタ・フォードのカッティングがカッコよく、
リフも好きなので、このアルバムでは一番好きな曲だ。
リタが弾いていた、エクスプローラーがめちゃめちゃカッコよく見えた。
ランナウェイズの曲の中でも、屈指の名曲だと個人的には思っている。

A面(懐かしい響き!)ラストは「Rock'n'Roll」。
観客との掛け合いも入っていて、元気いっぱいの演奏を聴かせてくれる。

B面1曲目の「You Drive Me Wild」は、1stアルバムからのナンバーで、
どことなく、ジョーンがアイドルだと云っていた、スージー・クアトロを思わせる曲だ。

「Neon Angels On The Road To Ruin」は、このライヴでは、ちょっと音が流れてしまって残念。

次の「I Wanna Be Where The Boys Are」も、おそらくこのアルバムでしか聴けない曲。
ジョーンの色が強く出た曲で、リードヴォーカルもジョーンがとっている。

そして「Cherry Bomb」では、それまでのメタリックな衣装を脱ぎ捨て、
例のコルセット&ガーターベルト&網タイツ姿で登場!!
・・・テレビとごっちゃになってしまった。
見開きのジャケットの中のチェリーの写真に見とれながら聴いていると、
一応のラストナンバー、「American Nights」になだれこむ。
テレビではこの曲の時も、チェリーは衣替えしていたと思う。

アンコールナンバーは「C'mon」。この曲も、「Gettin' Hot」と同じくらい、好きな曲だ。
ジョーンの曲で、これもスタジオ盤はないものと思っていたら、20年ほど経ってから、
「The Best Of The Runaways」という輸入盤のCDに、スタジオテイクが収録されているのを発見した。
クレジットを見ると、〜From The Unreleased LP Flaming Schoolgirls〜となっていた。
ちょっと音をいじり過ぎている感はあるが、スタジオ盤もカッコいい。


洋楽としては、初めて買ったアルバムで、何かと思い出深いレコードだ。
いつのまにか32年も経っていることに驚いた。

THE RUNAWAYSの伝記映画2010年公開予定





posted by silkyjones at 00:40| Comment(0) | TrackBack(0) | アルバム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月07日

AEROSMITH/DRAW THE LINE

音楽を聴く時は、いつもなんらかの快感を求めている。
歌詞に感情移入したり、耳に心地よい音を求めたりすることも少なからずあるが、最も求めることが多いのは、パワーのある音によってもたらされる爽快感だ。
なので、どうしてもハードロックやヘヴィメタルに偏りがちなのだが、自分ではそれほどジャンルにこだわっているつもりはない。

「おっ、これええやん!」

と思えばなんでも聴く。
今後、意表をつくようなジャンルの音楽について書くかもしれないが、そういう人間なので(笑)、ご容赦願いたい。

好きなモノは、ひとつでも多いほうが楽しい。

今回は1発目ということで、ロックンロール・ジャンキーになるキッカケとなったアルバムについて書くことにする。



1977年、某月某日、中学の入学祝いに買ってもらったばかりのステレオの前で、そのFMのラジオ番組が始まるのを待ちわびていた。

当時読んでいた「ミュージックライフ」という雑誌で目にした、エアロスミスというバンドのニューアルバム、「DRAW THE LINE」が、アルバム一枚丸ごとオンエアされるのだ。

そのバンド名と、ロゴマークを目にした瞬間、

「あ、これは聴かなあかん!」

と何故かはわからないが、直感的に思った。
ちなみに、ツェッペリンとストーンズにも同じような感覚を抱いた。

そしてついに番組が始まった。

1曲目、タイトルナンバー、「DRAW THE LINE」のイントロのコードストローク、そこへドラムがフィルインし、宇宙空間を縦横無尽に飛び交うようなスペイシーなスライドギターと、獰猛なリフが一体となって押しよせてきた。

スティーヴンのヴォーカルが絡みついてきた時には、大脳皮質ではなく、
もっと原始的な部分から、抑えきれないような衝動に貫かれた。

じっとしてなどいられなかった。

ラストのスティーヴンの何を言っているのかわからない、しかしとてつもないエネルギーをほとばしらせるシャウトで、曲はフェイドアウトしていった。

間髪を入れず2曲目、「I WANNA KNOW WHY」、3曲目、「CRITICAL MASS」と続く。

「CRITICAL MASS」のエンディングのギターのバッキングが、沖縄民謡のようでおもしろい。

4曲目の「GET IT UP」の粘っこい、うねるようなリフに、またしても悶絶した(笑)。

ジョーがリードヴォーカルをとる、ストレートでスリリングな5曲目、「BRIGHT LIGHT FLIGHT」、だがどうしてもスティーヴンの声に耳がいってしまう(笑)。

B面1曲目は、中世ヨーロッパを題材とした「KINGS AND QUEENS」。荘厳でドラマチックな曲だ。
この曲が、それまでのエアロにはないタイプの曲であることは、後になって知る。

そしてスティーヴンの煽情的なシャウト満載の「THE HAND THAT FEEDS」、
ヘヴィでファンクな「SIGHT FOR SORE EYES」と続き、
最後は古いブルースのカヴァー、「MILK COW BLUES」まで約35分間、
アドレナリンだかエンドルフィンだか知らないが、たぶん、出っぱなしだったと思う。

このアルバムに出会うまでに聴いていたのは、ザ・ランナウェイズと、
スージー・クアトロで、割とハードなほうだったが、ポップでキャッチーな
要素もかなりあったので、「DRAW THE LINE」の、「ポップ? キャッチー? 何、それ?」みたいな音は衝撃的だった。

エアロと、6人目のメンバーと云われたプロデューサーのジャック・ダグラスによって構築された、ひたすらカッコよく、ひたすらハードなブ厚い音の塊に、完全にノックアウトされてしまった。

アルバムを手に入れてからは、時々「うるさい!」と怒鳴り込んでくる隣のオッサンにも負けず、毎日聴きまくり(親には申し訳ないことをした)、1年ほどでレコードは擦り切れ、もう1枚「DRAW THE LINE」を買ったのだった。

スティーヴン・タイラーが負傷





posted by silkyjones at 17:14| Comment(0) | TrackBack(0) | アルバム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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